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東京高等裁判所 昭和46年(け)30号 決定 1972年1月29日

主文

本件各異議の申立はいずれも之を棄却する。

理由

本件異議申立の理由は、右弁護人ら連名提出の忌避申立簡易却下決定に対する異議申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

右申立の要旨は、原審が被告人藤田邦男外三名に対する兇器準備集合等被告事件の第一回公判期日(昭和四十六年十二月十日)において申立人らの為した裁判長栗本一夫に対する忌避申立を単なる訴訟の遅延を目的としてしたものとなし、これを簡易却下したことは次の理由により違法である。すなわち、右裁判長栗本一夫は、前記被告事件と関連する別件の東大裁判「安田二グループ」、「法研1.4グループ」の各事件の審理をも担当している者であるが、同裁判長が右各別件の公判審理に於いてとり続けて来た言動をみるとき、同人には右各事件の公正な審理を行おうとする意思はみじんも窺うことができないばかりか、被告人、弁護人らに対し終始敵対的態度を露骨に示していることは歴然としている、そして、本件の右第一回公判期日に於いて同人の示した態度は前記別件におけるそれと同様、一切の証拠調を為さず、早期結審をもくろんだものであることは明らかである、すなわち、被告人、弁護人らの併合要求に関する意見を聞こうともせず、弁護人、被告人らから忌避を申立てられるや、その理由の陳述時間を制限し、これに対して抗議した被告人大島忠一を退廷せしめたうえ右申立を却下し、弁護人らの控訴趣意書の陳述をも為さしめず、検察官に答弁を行なわしめ、これを以て控訴趣意書の陳述及びこれに対する答弁に至る迄の一切の手続を終了したものとみなしているが、これは違法な訴訟進行であり、このような裁判長に公正な裁判は到底期待できないので、原決定を取り消し、裁判長栗本一夫が本裁判の審理に関与してはならない旨の裁判を求めるため、本件異議申立に及んだ、というにある。

よつて審按するに、先ず本件各異議申立中弁護人中島通子からの申立については、申立書中同人の氏名下に押印も指印もないことが明らかである。右申立書は筆跡が同一人のものであり、弁護人山根二郎の名下に押印はあるが、同人が右中島の代書を為した旨の記載もなく、結局右申立書は中島通子については刑事訴訟規則第六十条、第六十一条所定の方式を欠く違法なものであるから、同人の本件異議申立は不適法なものとして棄却を免れない。

そこで弁護人山根二郎の異議申立理由について審按するに、記録に依れば、

(1)  被告人藤田邦男他三名に対する本件被告事件は昭和四十五年十一月二十六日第一審の判決が宣告され、同被告人らの上訴申立により東京高等裁判所第七刑事部(裁判長栗本一夫)において控訴審の審理を担当するに至つたこと、

(2)  同裁判所は被告人らに対して昭和四十六年三月十二日迄に控訴趣意書を差し出すべき旨を命じたが、同被告人らより弁護人の選任遅滞を理由に右期日の延期申請が為され、同年三月二十六日に至り控訴趣意書が提出されたこと(被告人大島忠一は同年三月四日に提出済)、

(3)  右控訴審における第一回公判期日は昭和四十六年十二月十日に開始される運びに至つたが、審理の冒頭において裁判長栗本一夫が被告人らに対し控訴趣意書の陳述を促すや、弁護人山根二郎より、裁判長に対し、同裁判長は本被告事件と関連する別件において被告人らより忌避の申立が為されており、未だこれに対する決定のない現段階においては本件審理を進行させるべきではないとの発言があり、これに引続き被告人大島が原審における分割公判に対する論難をしたほか、被告人藤田、同石川らも口々に勝手な主張を始め、裁判長の再三に亘る発言禁止の命令を承服せず、弁護人山根二郎から忌避の申立がなされ、果ては被告人大島忠一が「暴力的な裁判だ」と暴言を吐くに至つたため、同人は退廷を命ぜられたが、これを機として更に法廷は喧噪を極め、相次いで各弁護人からも忌避の申立が為され、裁判長から忌避申立の理由についての陳述の時間を各人毎に五分以内と制限されるや更に紛糾したが、右各忌避申立はいずれも却下され、裁判長の再度に亘る控訴趣意書陳述の督促に対しても弁護人らがこれに応じなかつたため、裁判長は検察官に対して控訴趣意に対する答弁を為さしめ、弁護人らに対しては昭和四十七年二月二十九日迄に申請する証拠があれば書面にして提出すべきことを命じて閉廷したことが明らかである。

所論は、同裁判長が本件と関連する別件の審理においてとり続けて来た言動をみるときは同裁判長に公正な審理を期待できないと主張するけれども、他事件における同裁判長の訴訟指揮が如何様であれ、本件において同裁判長に忌避理由ありや否やは専ら本件審理の状況に即してこれを判断すべきものであるところ、前記の如き本件審理の経緯に徴すると、栗本裁判長は本件審理の冒頭から控訴趣意書に基く陳述を為すべきことを命じ、且つ、再度に亘りその督促を為したにも拘わらず、弁護人らが言を左右にして全くこれに応ぜず、また同裁判長は被告人らに対して証拠申請があればこれを書面にして提出すべきことを命じて居り、次回公判期日は未だ指定されていないのであるから、所論のように同裁判長が被告人らの控訴趣意書の陳述を為さしめないとか、被告人側からの申請に係る証拠調を一切為さずに本件の早期結審をもくろんでいるというような主張は全くいわれなきものというのほかはない。所論は同裁判長が弁護人らの本件忌避申立理由の陳述時間を五分以内に制限したことは違法であり、同裁判長は本件の審理に当り被告人及び弁護人らに対し終始敵対的態度を露骨に示していることは歴然たるものであると主張するけれども、同裁判長が右忌避理由の陳述時間を制限したことは、先ず弁護人山根二郎が忌避の理由につき相当詳細に述べた後他の弁護人からも右理由の陳述申立があつたため、これが重複を避けたものであることは記録上明らかであり、右陳述時間を五分間に制限した措置も本件においては強ち不当であるとは為し難い。同裁判長は控訴審としての訴訟手続において事件に不必要なことを行なわないと態度を示しておりこそすれ、被告人らを敵視するというが如きことは本件記録上全くこれを認めることができないから、この主張も理由がない。

なお所論は同裁判長が弁護人らの控訴趣意書に基づく陳述がないのに、これありとして検察官に対し控訴趣意に対する答弁を為さしめて訴訟の進行を図つたのは違法な訴訟指揮であると主張するけれども、記録に依れば、右は弁護人らの本件各忌避申立が却下された後の時点における事柄に属し、本件異議申立の理由とならないばかりでなく、検察官及び弁護人は控訴趣意書に基いて弁論をしなければならないが(刑事訴訟法第三百八十九条)、弁護人が再三に亘る裁判長の督促にも拘わらずこれに応じない時は、裁判長が検察官に対し控訴趣意に対する答弁を為さしめて訴訟の進行を図るべきものであることは同法第三百九十一条の法意に照して明らかなところであるといわなければならない。なお、被告人側の控訴に係る本件の如き場合において、弁護人が控訴趣意書に基づいて弁論を為すべきことは前記のとおりであるけれども、弁護人が裁判長の正当な訴訟指揮に従わず、不当な言動を繰返すにおいては控訴趣意書の陳述がなくても訴訟を進行せしめ得べきことは同法第三百四十一条の法意(本条が原則として事後審たる控訴審に準用できないとは思料されるが)に徴しても当然のところといわなければならないから、いずれにしても栗本裁判長のこの措置を目して違法不当なものとは為し得ない。

以上の次第であるから、叙上の如き本件審理の経過、被告人及び弁護人らの諸行動等に鑑みると、本件各忌避の申立は、刑事訴訟法第二十四条第一項前段にいう「訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな忌避の申立」に該当すると言うの他なく、これと同旨に出て該申立を却下した原決定は正当である。

よつて本件各異議の申立は弁護人中島通子に係る分は不適法であり、同山根二郎に係る分は理由がないから、刑事訴訟法第四百二十八条、第百二十六条第一項に則りいずれもこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する

(八島三郎 沼尻芳孝 中村憲一郎)

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